自分の話

お家のでんきを変えた話 by Shotaro Uehara

そう、「でんき」を変えたのです。

 

この秋に、家の契約電力会社を「東京電力」から「自然電力」に切り替えた。

 

最近はTVCMや車内広告も多く、知ってる人も増えてるかもしれないけど、「家庭の電気をどこから買うのか決められる」のだ。

 

ENEOSでんき、東急でんき、ソフトバンクでんき、などなど選択肢はたくさんある。

 

感覚的にいえば「スマホのキャリア/SIM選び」に似てるかもしれない。自分の好みの料金や契約内容を探して、切り替える。

 

一方で、スマホのキャリア乗り換えとの違いと言えば「質は均一」だということ。キャリアを乗り換えると通信速度などの「差」があるのだが、電力会社は乗り換えたからといって電力の供給量が落ちたりすることはない。

 

2016年に始まった電力小売り自由化のおかげで、通信キャリアやインターネットのように、日々使うインフラを個人が選べるようになったのだ。

 

新電力各社ともに「今よりもお得に」が売り文句だが、今回、僕が選んだ「自然電力」はまったく「お得」ではない。

 

契約時にデポジット5000円を取られるばかりか、月々の電気料金も500円くらい値上がる。

 

家庭の経済的メリットだけ考えれば、不合理極まりない。

 

しかし、自然電力は「みんなで自然エネルギー100%の世界をつくる」ことを目指した電力会社だ。日本の各地に太陽光、風力、小水力発電所をつくって、その想いを実現しようとしている。

 

すこしばかり電気料金が上がったとしても、そのチャレンジに参加したいと思って切り替えたのだ。

 

greenz.jpでも彼らを応援する連載が始まっている。

 

ぼくは「脱原発!原発反対!」と声高に叫ぶタイプの人間ではないが「無い方がいいに決まってる」と思ってる。

 

 同時代で「大きな事件」を体験した人間として、子どもたちの世代にそのリスクを引き継ぐ理由はどこにもないように思う。

 

そうは言っても、3.11以来、これと言ってエネルギーに関して個人的なアクションが出来ていなかったことも事実だ。

 

我が家の電気を変えたくらいでは大海の一滴だろうけど、棺桶に入る直前まで支払うだろう電気代を、少しはマシな社会をつくるために払いたいのだ。

 

「”買う"は消費ではなく、未来への投資」と誰かが言ってたけど、いい言葉だ。

 

そんなわけで「自然電力のでんき 」に関心を持った人はサイトを覗いてみてね。

 

 あと、付け足すとするなら電力会社の切り替え手続きは実は超簡単です。スマホのキャリア乗り換えよりも簡単です。わざわざキャリアに「お別れの電話」をしなくて良くて、手元に電気料金の明細があれば、切り替え先の電力会社へのオンライン手続きだけで完了します。スムーズにいけば10分くらい。無知な僕は、配電盤操作とか電柱からの引き込みとかしなきゃいけないもんだと思ってた。笑

脳みそ(心)を整えるために、体を整える。 by Shotaro Uehara

マインドフルネス、瞑想といったキーワードが話題になって久しいですが、個人的には性に合わない。

 

落ち着きのない子どもとして育ってきた僕は、数分間の沈黙がなかなか我慢できず、習慣にならない。

 

しかし、ストレス社会で生きる人間として、常に心は整えていたいと思う。

 

「心を整える」って表現はなかなか抽象的だが、僕なりには「脳みそを整える」ということで勝手に理解している。

 

目の前の問題に対して落ち着いて対処する指示を出すのは脳みそだし、目の前の人に優しくしようとする感情も脳みそが判断するもの。

 

だから「脳みその健康状態が良ければ、心も落ち着いてるし、日々健やかに過ごせるのでは?」と仮説を持っている。

 

そんな考えに至ったきっかけがこちらの本。

 

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脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方

 

すごいざっくり言えば、

 

アメリカのとある偏差値の高くない中学校で、授業前に毎朝、全校生徒にランニングをさせた。するとびっくり、全米トップクラスの偏差値を誇る学校になった。

 

という驚きのエピソードを皮切りに、脳の動きと有酸素運動の関係について、脳科学的に解説されている本だ。

 

いろんな脳科学の単語が出て来るので、細かい話は全く頭に入ってこないのだが(笑)、ものすごいざっくり言うと

 

有酸素運動すると脳みその血流が良くなり、いろんなものが分泌され、シナプスにとっていい感じの環境になる

 

ということだ。ちゃんと理解したい人は本を買って読みこんでほしいが「運動が脳にいい影響を与える」というのはなんとなく直感でも理解できる話かとは思う。

 

学習能力UPの話だけでなく、ストレスや抑うつに対しても脳みそ×有酸素運動の医学的効果が解説されてる。要は「脳のトラブルは運動で解決できる」ということだ。

 

そんな本に出会った今年の夏から、ダイエットも兼ねて、週1-2回のランニング&スイムをなんとか習慣にして励んでいる。

 

実は春頃に、自分の脳みそのパフォーマンスがガタッと落ちる経験をした。友達の名前のような固有名詞がまったく思い出せなくなるばかりか、伝えたいことがうまく言葉となって出てこない3日間があった。歳のせいもあるかもしれないが、仕事でいろんなことを考えすぎて脳みそがパンク気味だったのだと思う。

 

運動が習慣になってからは、脳みそのキレが良くなったと感じる。おかげで仕事中の作業効率は上がったし、一日通して頭がスッキリしている。イライラ&ザワザワもすることが減った気がする。そう、こうして落ち着いてブログも書けている。

 

プラシーボ効果なのかもしれないが、少なくとも確実に、春よりは脳みそが健康な状況であることは確かだ。

 

超ストレスフルな環境にいる経営者が、トライアスロンなどのハード系有酸素運動に取り組む理由はここにあるのかもしれない。

 

引き続き、脳みそを整えるために、運動していきたいと思う。

#正太郎のチーズバーガー探訪 by Shotaro Uehara

真面目なブログばかり書いててもすぐに飽きることは分かっているので、今日はチーズバーガーの話です。

 

添加物やピンクスライムなどの話題がお茶の間に登場していなかった子どもの頃。それはつまりマクドナルドを何にも考えずに"気持ちよく"食べれていた時代でもある。

 

無邪気なぼくは常にハッピーセットのチーズバーガーを頼んでいた。少し成長してからはダブルチーズバーガーを選んだ。

 

子どもの頃から、肉パティに溶けたチーズが乗っているというその事実だけで何か「有り難いもの」を感じていたのは、ぼくだけではないはず。

 

さすがにもうマクドナルドのチーズバーガーは食べないけど、そんな子どもの頃の思いが、20年の時を超えて噴出したのは11月の頭の出来事。

 

友人の山中康司と「スケボーを(久しぶりに)始めよう」ということで下手くそなりに駒沢公園のパークで練習した。

 

その帰り道にランチで立ち寄ったバーガーショップ「AS Classics Diner」で食べたチーズバーガーが美味すぎたのだ。

 

週末の混み合う時間帯、腕にタトゥーの強面の兄ちゃんたちが修行僧のようにパティを焼き、チーズを溶かし、バンズに挟み、繰り出してきたチーズバーガーが美味すぎたのだ。

 

「これ美味くない?」と3回くらいお互いに確認した。

 

そんなチーズバーガーに出くわし、子どもの頃のあの喜びが脳を駆け回り、スイッチが入ってしまったのだ。

 

この1ヶ月で10軒のチーズバーガーを食べ進めている。目指せ100軒。Instgramで随時更新しているので飯テロに遭いたい人はフォローしてみてください。

 

目標達成のためには目標管理をするのがビジネスマンの基本。都内を中心としたハンバーガー屋さんのリストも作成した。80軒くらいまとめてます。★レビューも併記。「このお店抜けてるよ!」みたいなタレコミ大歓迎です。

 

Google スプレッドシート:#正太郎のチーズバーガー探訪

 

「推しフード」なるものを自分で決めると出先のランチが楽しくなる。普段行かない路地に足を運ぶ機会にもなる。

 

ちなみにこの取り組みは「望月優大さんのカレー」や「ふじたくさんの麻婆豆腐」や「もりえちゃんの酒(これは毛色が違う)」に多大なる影響を受けてることも併せて記しておこう。

 

皆さんも「推しフード」を決めてみるのはどうですか?

おれは 仙台生まれ 転勤族育ち クラスのやつは全員はじめまして。 by Shotaro Uehara

初めて出会った人に聞かれる「出身はどこ?」っていう質問に、けっこう困る。

その質問に意味どおり答えるのなら僕は「仙台出身」だ。仙台の動物園の近くの病院で生まれた。出産時「頭がでかいから」ということで掃除機みたいなもので吸い出されたらしいが、もちろん記憶はない。

そして、物心つくかつかないかくらいで仙台を離れる。3歳から小学校1年生までを青森で過ごし、小2は札幌、小3は仙台に戻ってきて、小4〜6の3年間は広島だ。中学・高校の6年間は名古屋で過ごし、大学入学とともに東京に引っ越し、10年が経った。

親父は大手メーカーの営業職だった。日本全国の営業所を「昇格」とともに飛び回る。親父が会社から「転勤だ、頼んだぞ」と言われるたびに、母親と一人っ子の僕は涙を飲んだ。そう、それがサラリーマン家庭ってもんだ。幼い頃から、我ながらよく理解していたと思う。

「出身はどこ?」という質問は「あなたの地域的なアイデンティはどこ?」という質問なのだろうが、僕の場合、そんな事情があり簡単には答えられない。仙台生まれ、転勤族育ちだ。

さて、転勤族で育つと、どういうことが起きるのか?

端的に言うと、大人になったときに「地元」と呼ばれるものが、ぽっかり存在しない。

夏になったら帰る場所、成人式を挙げる場所、幼馴染のいる場所。

そういったものが、転勤族で育つと、全くない。

もうちょっと硬い表現をすると、生まれたり育った地域と自分の関係性が極めて薄く「生まれた場所」ということだけで属するコミュニティもないのだ。

なんだか悲しい話になってきたのだけど、議題にあげたいのはそんな「転勤族」に生まれたからこそ育まれる人格の話だ。


会社員の「転勤」というのは、家族からすると「知らない土地にいきなりぶち込まれる」という表現でも言い換えられる。

僕は小学生時代に「転校してきたウエハラです。よろしくお願いします。」と3回も挨拶した。

転校初日、目の前の教室には、誰ひとりとして友達がいない状況。サッカーのアウェー戦でも観客を除けば選手は同数だというのに、転校の場合は30対1のキックオフだ。

「すでにそこにあるコミュニティになんとか溶け込まないと居場所がない」という状況を何度も経験した。そして、そのたびに乗り越えて、また僕が転校するという時には、少なくない友人が別れを惜しんでくれた。

ここまでを誰かに話すと「だからウエハラくんは、人とのコミュニケーションが上手なんだねぇ」と言われることがある。

嬉しい言葉だ。一方で、子供の頃からそのスキルを伸ばさないと、誰も友達のいない教室では生きていけなかった、という背景もある。

「コミュ力」というスキルを身につけさせてくれた「転校」という体験。

「また転校してみたい?」という質問が寄せられたのならば、ものすごく素早く、そして力強く答るだろう。「絶対にイヤ」だ。

いいことも多かったので、呪いたい過去とまでは思わないけど、あんなに骨の折れるコトは願わくばしたくないのだ。

おとなになった今でも無意識的に「どこかのコミュニティに新参者として混ざっていく」ということを強く避けている。僕にとってそれは「転校」と同じ体験なのだ。

その代わり「転校」とは真逆のアプローチである「自分のまわりにコミュニティをつくる」ということについては、人の1000倍くらい力を注げる。僕にとって、こんなに居心地のいいことはないのだ。88世代の集まりも、武蔵小山の集まりも、そういうモチベーションが源泉になっていると去年くらいに気づいた。

一度、そんな僕の日頃の取り組みに対して、友達に「病的なほどの情熱があるよな」と言われてハッとしたことがある。

でも、それこそが転勤族の家庭で育った植原正太郎の宿命なのだと思う。

みんなのまわりでも「こいつよく自分でコミュニティ(居場所)つくってるよなぁ」っていう友達は、転勤族育ちの可能性は高い。

転勤族育ちとコミュニティ屋さんの関係は、あまり語られていないので、どこかで同士と語ってみたいものだ。