SNS時代の縁結びの難しさ

SNS時代の縁結びの難しさ

SNSのおかげでこれだけ人が繋がるようになったのに、なぜ「周りにいい人がいない」という問題が立ち上がるのか。

 

僕たちは、親の世代と比べれば、圧倒的に交流する人の量が多いはずだ。

 

なのに、恋愛したり結婚したりするのに「周りにいい人がいない」という現象が起きる。

 

この状況は俯瞰的に見れば、不思議な話だ。

 

例えるなら、森の中にどんぐりがたくさん落ちてるのに「どんぐりが無い!」と叫んでるリスのようだ。

 

しかし、状況や現象には必ず理由があるはず。

 

今日は、僕がなんとなく思っている仮説を話したいと思う。

 

 

まず「いい人」という曖昧な表現の定義から始めなくてはならない。

 

今も昔も「いい人」というのは「ピタッと来る人」のことを指すのだと思う。

 

馬が合う、フィーリングが合う、気になるポイントが似てる、趣味が近い...etc

 

今も昔も、そんな「いい人」を探しているはずだ。

 

 

ただ、今と昔で大きく違うのは「価値観の多様性」だろう。

 

親の世代と言えば、テレビ全盛期。社会全体として画一的な"憧れ"があった時代だ。

 

みなさんの両親ともに若かりし頃はもれなく、父親は七三分け、母親は聖子ちゃんカットを施していたはずだ。

 

そして、ファッションだけでなく、理想の暮らしも画一的だった。

 

経済成長の中で安定した企業に入り、子育てして、家買って、定年まで働いて、退職後は年金で悠々自適な暮らし。

 

つまり、親の世代は「こんな生き方、暮らし方がいいな」という価値観が、万人でなんとなく合意されていた時代だ。

 

それが、かつての一億総中流社会。

 

 

しかしながら現代は、登り調子な社会ではないので、画一的な理想が保障されるわけもない。

 

だからこそ、みんなそれぞれに働き方や暮らしを模索し、それぞれに価値観を育てている。

 

そして、それに拍車をかけるように、インターネットやSNSの普及のお陰で、多様な価値観が認められる環境がある。

 

そう現代は、社会で生きていくために、一人一人が拠り所とする価値観があるのだ。

 

 

そんな状況の中で「いい人=ぴったり来る人」を探すというのは難儀なものだ。

 

価値観が普遍的な時代は、誰かが勝手に引き合わせる「お見合い」という画期的ソリューションがあった。

 

現代では、お見合いでぴったり来る相手が見つかるなんて、1km先の針の穴に投げた糸を通すようなものだと思う。

 

 

そんな時代に生まれ育った僕たちは、どうやったら「いい人」に巡り会えるのか。

 

この問いの方がよっぽど難しい。

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